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ネットとシネマ、日本とアメリカの合流点から映画を語る



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2006年7月27日

「Guardian」と「海猿」の関係???

だいぶ時間がたってしまいましたが、6月にニューヨークで「LIMIT OF LOVE - 海猿2」の米国初上映がありました。先日お知らせした「Always」と同じ、New York Asian Film Festivalで上映されたもので、そのときの短いインタビューをもとに英語の記事を書きました。今回は自分でインタビューしたわけではないので、あまりいつもの調子ではかけなかったのですが、よろしければご参照ください。

Hoga Cntral 海猿記事

ところで、この関連で、ある米国人ファンから、「Guardian」という、ケビン・コスナー主演の映画(アメリカで9月封切り予定)が、「海猿」によく似ているようだ、との情報をいただきした。予告編がこちらで見られます。

Guardian予告編
("TRAILER"をクリック)

似ているとしたら、一作目の映画だと思いますが、これってどうなんでしょう?リメーク権を売ったのでしょうか?それとも、パクリ?それともたまたま予告編がそう見えるだけ?どなたかご存知でしたら教えてください。

「Guardian」と「海猿」の関係??? on アメリカ映画 : 07:29 | コメント (1) | トラックバック

2006年7月24日

「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」妙にタイムリーだった、メキシコ国境の友情と孤独

しばらく、夏休みで子供を連れて日本に行っていました。最近は国際線の飛行機で、10本以上の映画から好きなのを選んで見ることができるので、まだDVDの出ていない、見逃していた映画がいくつか見られたのでラッキーでした。例によって、アメリカでは見られない邦画を中心に見たのですが、帰りの便で「メルキアデス・エストラーダ」があるのを見つけて、見てみました。

日本でも今年春にすでに公開済みのようですね。昨年のカンヌで賞をとったこと(男優と脚本)と、「Men In Black」「The Fugitive」などでおなじみのトミー・リー・ジョーンズが主演ということ以外、ほとんど前知識なし。カンヌで賞、ということは、アメリカ映画でもあまりハリウッド的な派手なドンパチのない、難し目の独立系っぽい映画だろうとは予想していました。

その意味では予想通りでした。なにせ、飛行機の小さい画面だし、10分おきに隣で「ママー、おしっこー」とか言うやつがいるために、落ち着いて見られなかったので、おそらくはこの映画本来の味の半分ぐらいしかわからなかったと思います。それでも、かなりインパクトがありました。

孤独なカウボーイ、ピート・パーキンス(ジョーンズ)の友人、不法滞在メキシコ人メルキアデス・エストラーダ(フリオ・セサール・セディージョ)が射殺された。ピートは、彼との約束を守るため、メルキアデスを殺した国境警備隊員マイク・ノートン(バリー・ペッパー)を脅迫し、いったん埋葬されたメルキアデスを土の中から掘り出させる。ピートとマイクと、メルキアデスの死体は、彼の美しいメキシコの故郷の村を目指して奇妙な旅に出る。

カンヌ出品もアメリカ公開も昨年でしたが、ちょうど今年の5月頃には、アメリカで不法移民対策強化に反対して大きなデモが各地であるなど、このところ不法移民問題が話題になっています。私の住むカリフォルニアや、映画の舞台になったテキサスでは、メキシコと国境を接しているために不法移民が多く、問題もありながら、一方で移民の労働力に依存している部分もあり、またこの映画に見られるように、心情的にもメキシコ人に親近感を持つことも多くあります。連邦政府の方針で国境警備隊が増強され、そうした複雑な事情のわからない北のほうからやってきた新任の警備隊員が、事件の発端となる、という話の筋も、なんだか妙にタイムリーで、皮肉かつリアリスティックな舞台設定だと思いました。

そんな中で、国境の町は孤独で荒れ果てています。日本の田舎なら、古くから伝わるお祭りや慣習があったりして、それなりに色彩豊かですが、アメリカの田舎にはそういうものがありません。そして、国境はさらに、流れ者が多い砂漠の町で、都会のような遊ぶ場所もなく、荒くれ者たちの楽しみといえば、酒と女ぐらいしかない。伝統的な西部劇では、昔のそんな西部の町をノスタルジックに描きますが、この映画では、今現実の国境の町が、きっとこんなだろうな、と納得されるリアリティで描かれ、そしておそらくは、こうした味気も色気もない、殺伐とした生活というのが、昔の西部でも現実だったんだろうな・・などと、余計なことも考えました。

その町で暮らす人々は、みな孤独です。主人公ピートも、殺伐とした人生を送ってきて、メルキアデスはおそらく、唯一の友人と呼べる者だったのでしょう。そして、旅の途中で出会う、盲目の老人は、もっとすごい究極の孤独を象徴しています。すぐに群れたがる日本人なら、すぐに逃げ出したくなってしまう、痛いほどの孤独を引きずって、それぞれに生きている。そうした環境での友情というのも、また独特な形をもって表現されます。

「ブロークバック・マウンテン」でも感じた、アメリカ人の心情の底にある、孤独をそれなりに受け入れる姿勢というのか、強さというのか、そういったものをこの映画でも感じました。そして、ちょっと意外な終わり方が、殺伐としたお話の果てに、不思議な安堵感、一筋の希望をもたらしてくれます。ちょっと、不思議感のある、モダン・ウェスタンでした。

「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」妙にタイムリーだった、メキシコ国境の友情と孤独 on アメリカ映画 : 07:08 | コメント (0) | トラックバック

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