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舞台挨拶付き試写会の様子をご紹介します!(3)

こんにちは、管理人のサクラです。

前回に引き続き、7月19日に東京の九段会館で行われた「舞台挨拶付き試写会」の模様をお届けします。

前回は、田中麗奈さん、麻生久美子さん、吉沢悠さん、中越典子さんのコメントをご紹介しました。“原爆”というテーマを扱っているだけに、キャストの皆さんのお話も、少し堅くなりがちだったのですが、伊崎充則さんのユーモアあふれるコメントで、会場は大爆笑に…。

司会:続きまして伊崎さん、この作品では、とても幅広い年齢の役を演じておられますね。高校生の役もあり、学生服を着られたということですが、感想はいかがでしたか。

伊崎:今回僕は、18歳から35歳までを演じています。僕は今、30歳なんですけど、がんばって学生服を着ました。見ていただければ分かると思うんですけど、僕、まだまだいけます。だから、これからも学生服を着ます!(笑)
ちなみに僕は、麻生さんの弟役なんですが、実際は僕の方が年上です。以上です。

~会場、大爆笑~

司会:(笑)伊崎さん、どうもありがとうございます。続いて、藤村さん。今回は、唯一昭和33年を描いた「夕凪の街」、現代を描いた「桜の国」を通して出演しておられますが、演じられてみて、いかがでしたか?

藤村:私は今回、この作品のなかで、40代から80代までを演じています。実際、私は今、60代の後半なので、自分の実年齢に近いところは自然体で演じられたのですが、40代や80代を演じる時には、ずいぶん照明さんにも助けていただきました。

だけど、見た目がどうのこうのというより、私が演じたフジミという女性が、原爆を体験しながらも、けなげに最後まで生き抜いた姿を、皆さまにご覧いただければと思っております。
私は、広島や長崎に原爆が落ちた昭和20年に、小学校1年生でした。子ども心に、戦争の悲惨さを感じました。ですから今回、フジミというとても大切なお役をいただいて、責任を感じるとともに、とても感謝しております。心をこめて演じさせていただきましたので、皆さま、どうぞごゆっくりご覧になってください。

司会:ありがとうございました。そして、最後に佐々部監督にお話をお聞きしたいのですが、こうして完成の日を迎えた感想などをお聞かせいただけますか。

佐々部:原作に出会ってから、この映画が公開されるまで、3年ほどかかっています。今日、ここに集まってくれた皆さんや、キャストの方々、そして佐々部組のスタッフ、脚本を一緒に担当してくれた国井桂さん、それから、この映画を撮ろうと最初に言い出した、アートポートのプロデューサー。皆さんに感謝します。

そして、この作品には、こうの史代さんの素晴らしい原作マンガがあります。おそらく僕は、日本の大手映画会社が、争奪戦を繰り広げるような原作だと思っていました。しかし残念ながら、大手映画会社は、作品が地味だということで、配給してくれませんでした。

だから、僕らがコツコツと、多方面に声をかけて、ようやく今日という日を迎えられることとなりました。この作品は、日本人が日本でしか作れない映画です。だから、キャストやスタッフの皆さんとも、「誇りを持って作ろうよ」といつも話をしていました。皆が、誇りを持って作り上げた「夕凪の街 桜の国」。やっと公開を迎えることができます。
今日、この映画を見て「ちょっといいな」と思ってくださった方は、ぜひ、この映画の最初の応援団になっていただけたら、嬉しく思います。
今日は、入場無料ですから、もし「つまんないな」と思ったら、あまり外で余計なことは言わないでやってください。(笑)

こうやって今、この映画を伝えようと全国を歩いています。皆さんも、ぜひこの映画の応援団になってください。今日は皆さん、本当にありがとうございます。

司会:佐々部監督、ありがとうございました。では最後に、麻生さんと田中さんから、もうひと言づついただければますでしょうか。

麻生:えっと、私は、話したかったことが、まだひとつあって…。私は、はずかしながら、今まで原爆や戦争について、あまりよく知らずに、というよりも知ろうとしてこなかったんです。だけど、この映画に出会って「それではいけないな」と、過去の自分を反省しました。これからは、私たちが伝えていく側にならなければいけないと、心から思っています。この映画を見て、皆さんも少しでもそういう気持ちになっていただけたり、何か心に残るものがあれば、とても嬉しいなと思っています。どうか、よろしくお願いいたします。

田中:私も麻生さんと同じで、今まで、原爆や戦争について、積極的に知ろうと思ったことはありませんでした。原爆や戦争を、もうすでに終わってしまった“昔話”というか、もう過ぎたこと、という感覚で捉えていたのだと思います。

この映画のなかに『このお話はまだ終わりません』という言葉が登場しますが、私自身も、この作品を通して、まだ戦争や原爆は、終わっていないんだな、ということを改めて実感することができました。そして原爆は、広島の街や、広島の人々だけの痛みだ、と思っていた部分があったのですが、実際にこの映画に参加してからは、原爆は広島の人たちだけの痛みではなく、日本人みんなの痛みで、その痛みをみんなで分かち合うからこそ学べることがあって、それをみんなで共有していかなくてはいけないんだと思いました。
この作品を見て、自分自身が何を感じるか、どんなメッセージが心のなかに生まれるか、それを楽しみにして、この映画を見てください。たくさん吸収して、たくさん感じてください。そうすれば、自然と人にお話ししたくなると思うし、あったかい気持ちが日本中にあふれるんじゃないかと思います。「夕凪の街、桜の国」は、28日から全国ロードショーが始まります。どうぞよろしくお願いします。

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いかがでしたか?
舞台挨拶をご覧になった方も、なれなかった方も、キャストやスタッフたちの熱い思いが伝わってきたでしょうか…。

この後、作品が上映されたのですが、会場のあちこちからは、感極まって涙する方々の声が聞こえてきました。そして上映終了後は、会場が大きな拍手で包まれました。

観客と一緒に映画をご覧になっていた佐々部監督からは、上映終了後、こんなコメントをいただきました。

「東京の試写会で、上映終了後に拍手が起こることは少ないんですよ。そういった意味でも、今回は、とても反応が良かったですね。あとは、ひとりでも多くの方に、ご覧いただけることを祈るばかりです」

皆さんも、大切な方を誘って、ぜひ劇場に足を運んでくださいね。
きっと、大切な方との絆が、より深まるはずですよ。

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『夕凪の街 桜の国』を見てきた。 [詳しくはこちら]

コメント (7)

マジョリカ :

桜様、始めまして。
私は聴覚障害者です。
このたびの「夕凪の街 桜の国」には字幕作成されたと伺いました。
ありがとうございます!!
どこの劇場で、いつ上映されるのかどうやって調べたらいいでしょうか?
公式サイトでも、劇場案内でも発表されていないようですが…
また、時間などもわかるように、上映館のFAX番号やHPなどを一緒に掲載していただきますと助かります。
全国の、聞こえない、聴こえにくいお友達にもお知らせしたいのでよろしくお願いいたします。

匿名 :

HPのあらすじの部分、七波の弟と付きあっていることになっているはずの表記が皆実と付きあっている、となっていると思います・・・。

ちえ :

今日、劇場で拝見しました。
原作は全く知らず、インターネットの情報や予告編などを見てぜひ見たいと思いました。

私にも広島出身の家族がいます。みなさんの広島弁、とてもあったかくてどんな場面でもジーンときました。

たくさん、たくさん、泣きました。
今は胸がいっぱいで細かい感想は書けません。

ただ、原作のこうのさん、佐々部監督、麻生さん、吉沢さん、藤村さん、伊崎さん、田中さん、堺さん・・・キャストの方皆さんに、お礼が言いたいです。この作品を届けてくださってありがとうございました。


>マジョリカさんへ
公式HPの『新着情報』に上映情報が掲載されていますよ。
本当に、たくさんの方に観ていただけるといいですよね。

T.S :

自分は被爆2世です。子供の時「他人には絶対に言うな!」と親戚から強く言われました。その訳をこの作品で知ることができました。被爆者の血筋にまで差別があることは知りませんでした。喘息気味の自分を大した症状でもないのにすぐ通院させた母親。過保護と医者にも笑われて恥をかいたと文句を言った自分に母親はどんな気持ちだったのか。いわば当事者でありながら無関心できた事実が胸に突き刺さりました。
被爆者である父は、作中のフジミ同様80歳を過ぎても存命で今も元気でいます。酒乱の父親の母親に対する暴力はひどいもので、身内が自分との2人きりになっても不仲で遠く離れて暮らしています。きっと父親の被爆の苦しみを受け入れることが憎しみを薄めてしまいそうで、原爆に関する話題を極力避けてきたのだと思います。
この作品に出会って変わりつつある自分がいます。隣県に住みながら広島の原爆資料館に訪れたことがないという父親を終戦記念日の15日に連れて行きました。1つ1つかみしめるように当時の状況を教えてくれました。今までのわだかまりが全て消えたわけではないのですが、大切なものを修正できたような気がします。何しろ40歳を過ぎた息子にお小遣いをくれるのですから。(苦笑です)
原作本を父親に渡しました。まだ読んではいないようですが、これから共通の話題がもてるかもしれません。父親が見たであろう現実の皆実やその他の登場人物について知ることができるかもしれません。
辛い話でしょうが、しっかりと受け止めて、自分も子供たちに伝えていかなければと思います。
個人的な話です。場違いなコメントかと思いますので表示がなくて構いません。せめてサクラさんに読んでいただければ幸いです。このような作品が存在しえない歴史であれば本当は良かったのでしょうけれど、出会いに感謝です。 長々と失礼しました。


こうの史代著 双葉社 800円

表紙を開いて目次をめくると、「広島のある日本のあるこの世界を 愛するすべての人へ」という著者のメッセージが目に入ります。この本は広島の原爆被爆を題材にした漫画です。広島を描いた漫画では『はだしのゲン』という名作がありますが、この『夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国』は、被爆した広島がほとんど描かれていない作品です。わずか100ページ足らずの冊子が、『夕凪の街』『桜の国1』『桜の国2』の3部に分かれ、複雑にからみながら成り立っています。

物語は、あの日から十年たった1955年(昭和30年)の広島で始まります。原爆で父と姉と妹を失った皆実(みなみ)は、母親と二人で戦後の生活を始めます。皆実には自分に好意を寄せている同僚の打越がいます。しかし皆実には「自分が幸せになってはいけない」という思いがあります。その思いは被爆の記憶と強く結びついているのです。(映画『父と暮らせば』の主人公も同じ思いをしていた)

勇気をだして皆実は自分がこの世に生きていて良いのかと打越に相談します。「生きとってくれてありがとう」という返事をもらった皆実は、打越の好意を素直に受け入れようと思うのです。しかしその矢先に皆実は倒れます。ちょうどあの日から2ヶ月後、全身に紫色のしみをつくって逝(い)ってしまった姉と同じように。

・・・嬉しい? 十年経ったけど原爆を落とした人は私を見て「やった!またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?・・・

そんな言葉を頭によぎらせながら皆実は短い生涯を終えます。そして話は1980年代の東京を舞台とした2部へ、そして3部では現在の東京と広島を結びながら展開されます。話の展開は過去から現在への直線的なものではなく、度々回想シーンが挿入され、その回想シーンや何気ない街の景色の中に「今」を理解するためのヒントが隠されています。そして過去と現在を行き来しながらいくつかの「謎」が明かされ、被爆の問題が遠い過去のことでなく、現在に続いている問題でもあることを静かに訴える作品になっています。

職員室で何人かの先生に読んでもらいました。「号泣した」というものから「何?これ?」まで様々な感想がありました。小学生の皆さんには難しいかもしれませんが、中学生の皆さんには是非チャレンジしてもらいたい作品です。一回読んでもわからないかもしれませんが、二度三度と読み返してみると、一度目には見過ごしていたヒントに気づくことと思います。

 戦後62年が経ち戦争の記憶は日本人から消えようとしています。小中学生の『おじいちゃん・おばあちゃん』世代も戦後生まれに変わりつつある今、あの時代を語れる人たちは既に古希(数えで70歳)を遥かに越えています。2年前に「戦後60年はあっても、戦後70年はない」と言われました。いくら長寿国日本といえども、戦争を語り継ぐ方々が戦後70年を迎えることは難しいのです。

 戦争を経験していない国民で満ち溢れる、戦後の日本が目指していた一つの理想が今実現しようとしています。しかし戦争を経験していないことと、戦争を知らないことは、似て非なるものです。この夏、「原爆投下はしょうがない」との発言が防衛大臣から発せられました。従軍慰安婦問題や集団自決問題をみても、歴史を修正したいという政治的な圧力が強められています。国民の多くが戦争体験者だったときには口にもできなかったことが、今まかり通ろうとしているのです。私たちは戦争の体験(その加害と被害の全てにおいて)や教訓を正しく受け継がないままにこの62年を食い潰してはこなかったかでしょうか。

 「しょうがない」発言を受けた長崎では、長い沈黙を破る新たな歴史の証言者が生まれたことが新聞で報道されていました。「忘れてしまいたい」という傷ついた心。しかし「黙ってはおられない」という思いが被爆者を突き動かしているのです。

 2年前双葉社から刊行され大きな反響を得た『夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国』が映画化され、この夏全国で上映されています。原作同様に私は大きな感銘を受けました。

 映画は、原作をほぼ忠実に再現していますが、この映画の中で印象に残った言葉を紹介します。

 「原爆は落ちたんではない、落とされたんだ」(皆実)どうして広島に原爆が落ちたのかという弟旭の問いに対し、皆実は殺そうという明確な意思を持って原爆が落とされたのだと諭します。この皆実の考えは「やったー、また一人殺せたと、原爆を落とした人は、ちゃんと思うてくれとる」という言葉に繋がるのです。戦闘員・非戦闘員の見境なく人が人を殺すという戦争の本質を見事に描いた一言です。
しかし戦争にたいしてはっきりとした思いを持つ皆実も、自分の戦争の記憶(=家族や友人との別れ)に苦しみ続けるのです。「この街では誰もあのことを口にしない」「私が忘れてしまえば済むことなんだ」という思いが、生き残ったことへの罪悪感(多くの友人や家族を救えないままに)とともに込み上げてくるのです。

 ところが皆実は思いを寄せる打越に対し「誰かに聞いてほしかった」と被爆の日の記憶を語ります。そして命が尽きようとする最後に、疎開先の水戸から駆けつけた弟旭に対して「私たち家族のことを忘れないで」自分たちの分も長生きしてほしいと思いを託します。皆実の思いは、戦争体験の風化が叫ばれ改憲前夜を迎える今に対し、歯軋りをする思いで平和を叫ぼうとする多くの戦争体験者(戦死者も含む)の思いでもあると思います。

 しかし映画はこれで終わりません。この作品の優れているところは、原爆投下=戦争の問題が62年前の問題ではなく、戦後生まれの私たちの問題でもあることを教えてくれるところにあります。

 旭の娘である七波は、幼なじみ東子との予定外の「広島への旅」を通じ、自分が生まれてきた意味、弟凪生の結婚問題、そして何よりも記憶の中から消し去ろうとしていたおばあちゃんと母の死について、正面から向き合おうとします。28歳の若者の中にあった「戦争体験」が見事に掘り起こされていくのです。同時に「戦争体験」の枠外にあった東子も、初めて自分の問題として戦争に向き合い始めるのです。

 8月6日も、9日も、15日も、決して年中行事の一つではありません。この夏が最後になるかもしれないという不安を抱えながら、命懸けで記憶を次の世代に繋げようとする人たちがいます。その思いを受け継ぐ七波や東子のような若い世代もいるのです。

 被爆した京子に旭がプロポーズする回想シーンに七波は立会います。そして二人の新婚生活が始まった町でもあり、祖母と母親を亡くした町でもあり、忘れようとしていた「陽だまりの匂い」がする桜並木の町での生活を愛おしく思い出すのです。

 「生まれる前 そう あの時わたしはふたりを見ていた。そして確かにこの二人を選んで生まれてこようときめたのだ。」七波の戦争体験を掘り起こす旅は、この言葉で締めくくられるのです。

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